僕が会社を辞めた3つの理由

仕事




どうも、たくちーです!

今回は、僕が会社を辞めた理由について書いてみました。

僕が会社を辞めようというきっかけになったのは…母親の死という重い理由からでした。

会社を辞めようというきっかけは母親の死。そこからすべてが始まった

 

 

僕が会社を辞めようと決心したきっかけが母親の死です。

母親はどちらかというと俗に言う教育ママで、いい大学→いい会社のルートを目指すことに意義があるという考え方でした。

そして、会社勤めしか知らない僕には期待に応えて親を喜ばせる。という発想しかなかったのです。

母親が亡くなった時、人生終了かのような悲しみに襲われました。2年半経った今でも忘れられません。

しかし、それと同時に周りの期待にこたえなければという気持ちが薄れたのも事実です。

そして、周囲の反対を押し切り会社を辞めていました。

では、これから僕が会社を辞めた理由について書いていきますね。

 

僕が会社を辞めた3つの理由

 

僕が会社を辞めるのに大きく分けて3つの理由があります。

1つずつ見ていきましょう。



強制の飲み会がつらすぎた

会社を辞めたいと思った第一の理由はこれですね。

僕が入社1年目の時の部長が、飲み会大好きで週3くらい飲んでいた気がします。

週3?バカげている。次の日も仕事があるのに。

睡眠時間を大事にする自分にとっては最悪でした。

2次会まで参加していたら…帰るのは24時回る…睡眠時間…6時間も寝れねえのかよ。生産性下がる…

1日8時間は少なくとも寝たい自分にとっては地獄でしかなかったですね。

仕事のモチベーションアップを建前に飲み会の開催をバンバンする部長。

あなたのモチベーションは上がると思いますよ。

自分が一番上の立場で何もしなくていいし、お金もワリカンでしたしね。

お酌をするのも嫌でした。尊敬もしていない人になぜそんな面倒なことをしなければならんのだ。と思っていました。

さらに、立場が上だからと好き勝手説教してきましたしね。

僕は何回説教され、それに反抗し何度部長とバトルしたことか…数え切れない酒の席でのバトル。

にも関わらず、なぜ部長は僕を飲み会に呼んでいたのか。謎で仕方なかったですね。

本当に行きたくなかった。

部長は課長ともバトルばっかしてました。

部長、争うのが好きなのかな…笑

1年目の時は新人だからと仕方なく、2次会まで付き合っていました。

すでに会社を辞めようと考えていた2年目からは2次会には一切行かなくなりましたし、飲み会も忘年会など公式なもの以外は行かなくなりました。

3年目になってからは、完全に辞めることを決めていたので忘年会など公式の飲み会の参加頻度も減りました。

上司や先輩にはなんでお前だけ来ないの?と言われたこともありますがそんなことは僕の知ったことではありませんでした。

そんなことより家に帰って寝たかったし、副業もしたかった。

断ることができるようになって本当に良かったーーー!と今では思っていますが、断れていなかった頃は本当にツラかったです。

会社は本当に無駄が多い。自分ならこうするのに…が全く通用しないし変わらない世界

 

会社に所属していると、無駄なことが多いなと感じました。

例えば…毎月頭に、必ず営業の会議があったのですが無駄だと思っていました。

会議で消耗している間に、商談のアポイントの1つや2つ取れる時間がありますし、会議の時間を削って普通に営業している方がよっぽど仕事効率いいですからね。

そして会議ではひたすら、この案件はどうなっているんだ。

もっとやらなきゃダメだろ。

と叱責を受けるばかり。

営業実績が年度中にたとえ年間目標に達していても、120%、130%を求めてくる本社。

そして馬車馬のようにアポイントを取らされ、商談に行く。あるいは上司と同行して商談に行くの繰り返し。

自分のペースで出来るなら苦痛ではないですが、無理矢理やらされているのが苦痛でした。

上からやれ、と言われて部下が強制的に動かされる。そんな会社の未来は明るいでしょうか?僕は暗いと思いますね。

上からの無能な命令によって社員が自ら考える力を奪っていると感じました。

会社の人間関係の根本は絶対王政と何も変わっていません。

 

大きい会社なので、部下が一人言ったところで何も変わらなかったです。

上司は、話だけは聞いてくれますが上に言われてしまってはやるしかない。と完全に思考停止状態。

コレならやめよう。辞めてしまって後悔することはないだろう、と踏んで気付いたら退職届を出している自分がいました。

 

好きでもないことを朝から夕方まで続け、あっという間に1日終わり。僕には何が残る?

 

就職活動に苦戦し、ようやく得た内定が大手の金融機関。保険会社でした。

1年目の最初のうちは、やったこともないことばかりだけど頑張るか!と意気込んでいました。

しかし、保険に興味が全くないのに入ってしまったこの業界。もちろん知識の定着にもそれなりの努力を要しました。

とにかく、上からやれと言われ仕事をこなしテレアポ→商談→テレアポ→商談の繰り返し。

お客様とお話しするのは楽しかったですね。俗に言うコミュ障のぼくを可愛がってくださるお客様も一定数いてとても有難かったです。

しかし、仕事そのものは全然好きになれなかったです。好きでもないことを週5日、残業なしでも17時15分まで仕事。

会社で残業はあまりなく、一般的にはありがたいと言われる環境だったかもしれません。

しかし、それでも僕には拘束時間が長すぎると感じました。朝5時に起きて、家に帰るのは18時半を確実に過ぎる。

帰ったらクタクタですので一通り家事をして寝るだけ。

こんな生活を繰り返していて自分に何が残るのだろう。そう思いながらも動き出すのに時間がかかりました。

今の上司や先輩の姿があなたの10年後の姿だとよく言いますが、その通りだと思いますね。

会社で働き続けていたらと考えると、20年後、30年後も何をしているか想像できてしまうのでワクワクするどころか…暗い未来しか見えない…

会社勤めを続けることで、一体僕には何が残るんだろう?

何も残らないなあ。と思い、気付いたら会社を辞める決意をしていました。

社会不適合者でも生きる道はある。そう思い独立した

 

会社員として、好きでもない上司の命令をきき続けながらも自分なりの意見を表明したり、上司の意図をくみ取り+αの仕事を出来る人はたくさんいます。

そういった柔軟性に富んだ方は本当に尊敬します。

ただ、僕にはそれが出来なかった。忖度できない。他人の命令に従いたくない。それが僕という人間でした。

僕は社会不適合者である自覚があります。

しかし今はインターネットという武器があり、ある程度なら社会に適応できなくても生きていける時代になっています。

インターネットを利用すれば、個人でもリスクが少なく簡単に仕事を始められるようになりました。

よし、インターネットという武器を利用しながら好き勝手生きよう。そう思い僕は独立しました。

現在はフリーの教育コンサルタントとして活動しています。

好きなことを仕事にできているのでとても楽しいです。

収入面ではまだまだ不安がありますが、今後に期待していてください。将来有望な26歳です。笑

この記事が今後会社を辞めようと考えている方の後押しになれば幸いですね。