独立失敗談。気付けば気付くほど楽な方向に流れていく自分がいた

仕事

「独立する」、という決断をし会社を辞めることだけなら簡単ですが好きなことで稼いで生きて行くことはとても難しいです。

僕は、会社を辞めたいと思っていたと同時に…3年で会社を辞めざるを得ない状況にもありました。実際会社を辞めて1年経とうとしています。

結論から言うと、独立してからの収入はゼロではありませんが生活するには厳しいレベルです。前の会社の貯金と、週3のアルバイトで今は繋いでいるところです。

それでは、この記事にて僕の独立失敗談について2016年まで遡って書いていきますね。


さらっと読むための見出し

何をやればいいかわからずひたすら起業本を読みふけった2016年

2016年当時は、会社を辞めたいと思っていて道を探り始めていた頃でした。書店に寄っては経営系の本を探し買ったり、自己啓発本を読んだり…

具体的に行動にうつすということはなく、会社の仕事を今までより一生懸命にやってみたくらいでした。結果的に営業で社内表彰はもらえたのですが、何だかなあ…と思っていました。

朝4時半〜5時には起きて弁当作って…出社してテレアポして飛び込みして商談して、意味のない強制の飲み会で消耗して…etc。こんなこと一生やってらんねーよと思っていました。

2017年4月頃…婚活をしていた時にフリーランスの女性とマッチング。大きな財を失う代わりに知識を得る

2017年当時は会社に消耗していたので判断能力が相当鈍っていました。マジで独立できるなら貯金で投資して、投資した分を全部回収してやると思っていました。

その時は癒しを求め婚活も並行してやっておりいろんな女性と会いまくっていました。普通のデートしたり、××したり……っとそこまで。お巡りさんがきてしまう笑

そして、とある女性とマッチングしました。フリーランスで働いているということで、会ってみることにしました。それがまあ良くも悪くもフリーランスというものを知るきっかけでもあるのですが…

そして待ち合わせ場所は新宿のホテルラウンジのカフェ。飲み物たっか。。と驚いたのを今でも覚えています。ホテルラウンジ金あればいい場所だなあとも思いましたが笑

そして、他愛もない雑談、仕事の話などをしていて…俺より年下の女性だったのでフリーランスになるにもそう簡単にはいかんだろうと思い師匠がいるのか聞きました。それが間違いだったなあと今でも後悔していますが。

そして、紹介された人がいるのですが…グラドルの杉原杏璃さんと対談してたりそれなりにすごい人なのかと思い会ってみることに。

うん、ここも間違えているなあ。人生踏み外し第一号。

そして、半年で100万出せば仕事について教えるとのこと。とりあえず怪しいと思った僕は名刺見せてもらえませんか?と質問。あっさり見せてもらえたのでまぁ大丈夫だろうと思い100万をペイ。人生で一番高い買い物をしました。

それが間違いだった。間違いだったんだ。。怪しいと思ったのですが、気づいたらクーリングオフ期間も過ぎていて…OH…これは何が何でも成果を出さねばマズイ。。。と思い頑張りました。

そこで教わったことはアフィリエイトで、情報も古く…今思えば大抵ググれば出てくるものばかりでした。

6ヶ月契約で、その後3ヶ月は追加料金なしで指導してもらいましたが(そこだけは少し良心的)今思うとアレに100万はアホらしすぎて死ねます。

今その100万があればと悔やまれます。

今プラス100万あればアルバイトせずWeb制作とブログに全てを打ち込めるので。

結構な挑戦に金をつぎ込めるから余計に勿体無いことをしたと感じます。生活費にも今余裕はないですし。。

並行してツイッターで情報収集

「フリーランス」と検索したら大変お世話になった池ちゃんや、有名なブロガーの人がたくさん出てきた。やぎぺーさん、あんちゃさん、るってぃなど。

そこから情報を得ていくことによって、今の自分はこのままではダメだ…とアフィリエイトをしながら違和感を覚えまくっていました。


そして、池ちゃんが開催している田舎フリーランス養成講座に興味を持ち始めていましたが…1ヶ月泊まり込みは会社員しながらだと無理だぞ…ということで手を付けられずにいましたね。

なんか違うと思い、アフィリエイト以外のことも教えろと反抗した結果9ヶ月目で指導強制終了。正直これで良かった

9ヶ月休みほぼなしでアフィリエイトに打ち込むも、成果を得られず消耗していました。

アフィリエイトで成功している人もたくさんいますが、それだけで一生やっていけるかといえば疑問でした。

正直目の前のお金も必要でしたし、他のスキルをつけるべきなのではと思っていました。

そこで思い浮かんだのがプログラミングでした。当時ツイッターでも話題になっていたため、今までの人生で全く縁がなかったですが気になってはいましたので。

そのことを当時のアフィリエイトの師匠(失笑)に相談したら、アフィリエイトを継続できないならば指導の継続はできませんと言われ契約打ち切りです。

正直そこで離れて正解でした。以上、今まで晒さなかった過去の恥さらし終了です。

2018年2月田舎フリーランス養成講座に参加するか、Web Campでプログラミングを学ぶか悩んだ末に田舎フリーランス養成講座の参加を決める

2018年2月に、プログラミングのスキルを身につけ案件を取ってやっていこうと思いWeb Campに通うか田舎フリーランス養成講座に参加するかどちらかですごく悩みました。

結果的に僕は田舎フリーランス養成講座を取りました。理由として3つ。

・Web Campは渋谷に通わなければならないので満員電車で消耗するのが嫌だ

・都会より田舎のが好きなので修行しながら田舎特有の景色など癒しもありそうだと思った

・半年間情報を追っている中で池ちゃんなら信用できると思った(今でも尊敬する経営者の一人です)

田舎フリーランス養成講座は1ヶ月間泊まり込みで稼ぐための修行をする場所

田舎フリーランス養成講座とは、千葉県富津市金谷のコワーキングスペースまるもというところでブログ、Webライティング、Webサイト制作などを幅広く学びながらも田舎暮らしを満喫できます。


今では全国展開を目指して千葉県のいすみ市、山梨県、愛媛県、鹿児島県、石川県などでも行われています。福井県でも開催されるそうで…開催地域を広げまくっていてびっくりですね。
田舎フリーランス養成講座の詳細についてはこの記事を読んでいただければと。

田舎フリーランス養成講座を受けてみた感想と今後の展望

2018年3月、田舎フリーランス養成講座では思うように稼げずも、信用できる場所だと感じたので移住を決意する

僕は、ブログとサイト制作で生計を立てようと思っていました。

ブログはアフィリエイトを少しやっていた上、有名ブロガーの記事はしょっちゅう読んでいたのでかじる程度の知識はありました。


サイト制作に関しては、知識ゼロで参入しました。新しいことで稼ぎたい!という思いが当時は強かったのでメンターとの面談で勢いでサイト制作したい!と言ったことは今でも記憶に強く残っています。

まあ、いうて2月にプログラミングを学ぶ!と意気込んでいたのでその名残もありますね。

2018年4月〜、移住してからは何をやっているんだろうというくらい堕落した生活に堕ちる

金谷に移住してからは…特に7月半ばまでは楽しい日が多かったです。朝はちゃんと起きずも、昼過ぎからコワーキングスペースに行ってサイト制作の技術を上げながらブログを書くといった生活が続きました。

シェアハウス生活もとても楽しかったです。あの時のメンバーで集まりたいなあ。2028年同窓会やるけど。まぁそれは置いておいて…

しかし、今思えば楽な方向へ方向へとどんどん流れ行く情けない自分がいたのを強く実感しています。
精神不調だ!と思い作業をサボった日は数知れず。サイト制作でワードプレステーマの本をやり切ったのが6月後半。

そして、7月前半に地元に戻り直営業をかけまくるも…1社も仕事を取れずで自信を失いました。シェアハウスの仲間が一人地元に帰っちゃったのもこの時期でしたね。

2018年9月後半、金がヤバイという判断で実家に戻る

今思うと、間違った判断なのではと思うのですが2018年9月に移住した金谷を出ました。

貯金がなくなってきたのと、シェアハウスの虫が嫌すぎたという理由でした。

しかし、今でもまあ生きる分くらいの貯金は残せてはいるのでちょっと後悔してます。そこからマジで堕落していくので。

2018年10月半ば…ライティングが嫌すぎて就職した方がマシじゃね?と思い就職活動するも…

金谷を出てからは、ライティングで生計を立てていました。即金性は高く、続けていれば月2、30万円も稼ごうと思えば稼げたかもしれません。

でも僕はライティングが苦痛でした。なぜ他人のアフィリエイトサイトを作る手伝いをしなきゃならないんだろう。なぜ型にハマったつまらない文章を書かなければならないんだろうって。

これなら就職した方がマシじゃないかとヤケクソになっていました(その頃、サイト制作は案件とれず、ブログはサボっていてほとんどやっていません)

そして、サイト制作で案件が取れないなら就職して技術を磨こうと思い就職活動を始めます。

当時のスキルセットでWeb制作会社に就職というのは正直微妙な選択肢だったと今では思っています。

2018年11月半ば、相談がてら金谷に遊びに行き内定を蹴ることにした

10月半ばに1社内定が出るも、なんだか怪しい雰囲気を醸し出したWeb制作会社でした。

なんだかなあと思いつつ、地元にいると新しい考え方も入って来なくて刺激がないので進路相談がてら金谷に遊びに行こう!って思い立ち行きました。

金谷で仲良くしていた友人や、ほぼ初めましてだけどすごく仲良くなった人たち、完全に初めましての人たち…お世話になりました。

結局その会社は蹴り、就職活動を続けることにしました。

11月終盤、内定をもらい1月半ばまで遊び呆けるも…やっぱり違う!と思い内定辞退

そして、11月終盤に当時いいな!と思った会社に内定をもらいました。しかし、働きたくなかったので入社は2月以降でお願いしました。

そして遊び呆ける日々が始まります。平日から沖縄に行ったり、忘年会で騒いだり、ガールズバーで散財したり…控えめに言っても最高でした。

しかし、会社の説明を聞くと見込残業代が含まれた給料だということが発覚しました。求人票には見込残業代のことは書いてなかったので騙された…と思いました。

残業する気なんて初めからないですし、見込残業代があるところは相場としてブラック企業の可能性が高いです。

ムカついたので辞退しました。そのせいで現在とても貧乏ですが全く悔いはありません。

2019年1月後半、自分の好きなことは何だろうと問うていたらスポーツジムで働くの良くない?となる

2019年1月後半になり、貯金もあまりありません。そんな中どうするか。。と考えていたのが好きなことを仕事にできたら人生楽しいんだろうな!と脳内お花畑になっていました。

週3か4アルバイトして残った時間をブログとWeb制作に充てるという作戦でした。大きく稼ぐ気は無く、年収も最低限でいいかなと思っていました。

しかし、2019年3月のムカつく出来事で路線変更することになります。

2019年3月、親父と仕事の話をすることで憤り路線変更。その路線とは?

2019年3月、親父と仕事の話をするという珍しい機会がありました。

そこでブチ切れるほどムカつくことが色々ありました。

・パソコンで人と会わずに大きく稼ぐなんて無理だ。せいぜい小遣い程度にしかならないと言われた→全く人と会ってないわけじゃないし、月に100万円以上稼いでる友達いますけど何か?

・30歳で年収500万円超えてないようじゃ終わりだと言われた→今時普通に就職したら無理ゲーだっての。そもそもそんなにお金いらねーから。東京の家賃高い都心大嫌いだし。

・親のエゴかもしれないがもっとしっかりしてほしいと言われた。→いやいや、そもそも金は最低限でいいし俺は自由に生きたい。週5フルタイムワークなんて死んでもごめんだ。それなら死んだほうがいい。そもそもしっかりとは?俺は放置されればやるべきこと一つ漏らさずやる人間ですよ。干渉しすぎなのでは?疲れるなあ全く。子供は勝手に育つということを知らない親は毒でしかないよなあ

こんなことがあり、大変ムカついています。今は実家にいるのですが家を出たくて仕方なくなりました。しかし、物件を借りる金がありません。

家に毎月結構なお金を入れているのですが、2月までは親父が死んだら家賃もなく払うのは固定資産税のみ。マジで最低限の収入でミニマルに生きられる!と思っていました。

しかし、あの感じだと親父は死にそうにありません。多分俺より長く生きるんじゃないのかな。本人には生きる気がないみたいだけど。

だからさっさと大きく稼いで家を出ようと思います。求めてない干渉をされるのは嫌いです。

でも、仕事はブログとサイト制作とジムのアルバイト…実際全部やってみてどれも大きく稼ごうと考えると好きなことではないので…正直困り果てています。

稼ぐためのロードマップを真剣に作り、今は一人いなフリと称して9時〜17時作業してます。散歩したり休憩したりした分は残業制度ということでセルフブラックしていますが…これはこれで悪くない生活です。

稼ぐためのロードマップ通りに行かなかったとしても、間違いなくスキルがつくようにカリキュラムを組んでいるので…俺が20代のうちに何かしらの結果を残せないならば地元周辺のWeb制作会社かマーケティング会社にでも就職しようかなと思ってます。

あと2年しかないですが、期限を決めて自分を追い込むのは悪いことではないのかなと思っています。

以上、僕の独立失敗談と再起をはかっている現在についてでした!